Carl Craig

Carl Craig
Official HP: http://www.planet-e.net
90年代のテクノ黎明期より時を経てなお色褪せぬオリジナルな作品を数多く残し、今もなお実験的な音楽を探究するCarl Craig。アフリカン・アメリカンの人々に対する差別が露骨に横行し、まるで恒例行事のように頻繁にデモが行われ、その欝憤が頂点に達した結果起こった1967年のデトロイト暴動の2年後、カール・クレイグは3人兄弟の末っ子として、多くの人々が人権平等を叫ぶ激動のデトロイトにて産声をあげ、70年代、及び80年代、自動車、ロボット、様々な分野におけるテクノロジーの急成長を目の当たりにしながら青年期を過ごす。政治的にも、社会的にもアーティストの創作意欲を刺激する多くの事象を持つ時代背景に良質な音楽が次々と生み出されていた当時、カールはPrince、Miles Davis、Sun RaからStevie Wonder、Marvin Gayeなどのモータウンサウンド、ファンク、更にはロック、ニューウェーヴまで、あらゆる音楽を吸収し、とりわけ、デトロイトのクラブ‐Music Instituteでの体験するハウス、テクノ・ミュージックに大きく影響を受けた。
アフリカン・アメリカンが持つと言われる元来のリズムセンスを多分に持ち合わせていたカールにとって、リズムによって音楽を表現することは至極自然な行為であった。Derrick Mayに師事し、DerrickのRhythim Is Rhythim名義の名曲『Strings Of Life』のリワーク曲である『Strings Of Life 89』のプロデュースをサポート、また、ツアー・キーボーディストとしてライブツアーに帯同し、Derrick、時にはJuan Atkinsとの活動を通じて、プロデューサーとしての専門知識、さらにはミュージシャンとしての在り方を学び、カールがアーティストとして頭角を現すまで時間はかからなかった。1989年にはファースト・リリースとなった『Elements』、『Crackdown』をPsyche名義で発表。なんとも形容が難しい独自のオリジナリティを発揮したこれらの曲とともに、アーティスト“Carl Craig”は、デトロイトはもちろんのこと、ヨーロッパのオーディエンスに即座に受け入れられるようになる。
1991年にはレーベル“Planet E”を立ち上げ、69名義でEP「4 Jazz Funk Classics」をリリース。1992年にInnerzone Orchestra名義で発表した「Bug In The Bassbin」(Planet E)などとともに、Jazz、Funkなどテクノの枠に収まらぬ越境的楽曲を多数リリースした。
音楽的な自由を求め、実に様々な名義で活動を続けるカールであるが、Carl Craigとして初のリリースを行ったのは1995年発表のアルバム『Landcruising』であり、1997年のアルバム『More Songs About Food & Revolutionary Art』がこれに続く。その後もHerbie Hancockとのコラボレーション制作や、Ricardo VillalobosやLucianoなどとともにNarod Nikiの一員としても活躍。昨年はBassic ChannelのMoritz von Oswaldとともに、カラヤン指揮によるベルリンフィルの音源を再構築し、クラシックとテクノの融合を試みたことも記憶に新しい。
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- 2009-07-12 (日) 16:26
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